クミコオオシマの日記帳

2ピースバンド暮葉のギターボーカル クミコオオシマがつらつらと書きます。日々のことやお知らせ、ちょっとしたまとめ、あとはラーメンの記録とか。ね。

2020年秋 心の空気を入れ替える旅【前編】

2020年秋、自粛期間で溜めこんだ心の淀みを解放すべく少し長めの旅に出ました。会いたい人に会うことと心の換気を主たる目的に据え、サブの楽しみとして多くの乗り物に乗りました。Twitterで実況的にツイートしており、その場その場の情報はなんとなくまとまっておりますが、140字では書ききれない思い出や心の動きも多々あり、こうしてブログにも記録を綴ろうという次第です。

旅の全体像はこんな感じ。東京以外は市の名前です。


■前半
1日目 東京→福岡→北九州(飛行機・新幹線・普通の電車)
2日目 北九州→下関→山口(船・自家用車)
3日目 山口→津和野(蒸気機関車)
4日目 宇部→東京(飛行機)

5日目は中休み。片付けや洗濯、後半の準備など

■後半
6日目 東京→静岡(バイク)
7日目 静岡→四日市(バイク)
8日目 四日市→京都(高速バス)
9日目 京都でステイ
10日目 京都→四日市(高速バス)
11日目 四日市→浜松(バイク)
12日目 浜松→東京(バイク)


少し長くなるので、記事はふたつに分けます。ではまず前半をあれこれ振り返っていきましょう。

 

1日目 東京→北九州

羽田から飛行機に乗り福岡空港へ。博多駅まで地下鉄で移動し、ポケモンセンターフクオカに寄りました。福岡は街の中心部からほど近い場所に空港があるので本当に交通の便が良いですね。ビジネスも観光もラクラクだなと毎度思います。

 

私は育ちの故郷が山口県で、福岡はたまに遊びに行く都会でした。キャナルシティとか、行ったなあ…。中学生のとき友達と2人でもつ鍋を食べようという話になり、入ってみたお店がゴリゴリの居酒屋だったのはいい思い出です。店員さんびっくりしただろうな…。まあ当の本人らは居酒屋の何たるかを知らないが故に入ってしまった場所が居酒屋だとわからず普通の顔してもつ鍋食べてましたけどね。

 

ここからさらに新幹線(小倉まで)・ローカル線を乗り継いで北九州の門司に行きました。

 

結局あまりお腹が空かず焼きカレーは食べ損ねてしまいましたが、門司の街をゆったり散策できました。小さいころに一度だけ門司を観光したことがありぼんやりと覚えておりまして、もう一度行きたいなと思っていたので訪れることができて良かったです。古い建物、海、潮風と夕焼け、最高でした。海にはあまり馴染みのない生活を送ってきたのでたまに海のにおいを嗅ぐと不思議な気持ちになります。

 

2日目 北九州→下関→山口

 

なんとまあ船。これは父の提案です。乗ってみたら?と(笑) 乗船時間はわずか10分ほどでした。関門海峡は狭いのです。船を降りたそばにある唐戸(からと)市場で山口に住む両親と合流し、沢山の海鮮を頬張りました。市場の屋上に広場があり、買ったものを食べられるようになっています。芝生の上でお寿司ってあんまりないよね。(屋上じゃなくても、市場の外などで割と自由に場所を探して飲食できます)

 

その後親の車で実家に帰り、しばらくのんびりしました。夕食には地元のラーメンを。食レポは別の記事にしているので良かったら読んでくださいませ。

 

3日目 山口→津和野

新山口駅からSLやまぐち号に乗り島根県の津和野町まで。約2時間の旅です。牽引車はD51という蒸気機関車でした。

 

このSLやまぐち号というのは毎年夏~秋の土日に運行されている汽車です。新山口-津和野間を一日に一往復します。今回乗ったのは往路のみ。母とふたりで乗って、復路は汽車とは別に父が運転してきていた車に乗りました。

これもまた小さいころに乗ったことがありそれっきりだったのですが、もう一度乗ってみたいなと思った次第。大人になってから乗ってみるとまた違う印象がありますね。小さいころは遠方に出かけるというだけの単純な楽しさでしたが、今回は古き良きもののロマンや煙のにおいを感じたり、利便性と風情の共存について考えたり、展望デッキから心を泳がせる楽しみを味わいました。

SLについてはYouTubeに動画を上げる予定です、お楽しみに。

 

4日目 宇部→東京

両親と昼食をとり、ここで一度東京に戻ります。事務的なことをするためと、後半のロングツーリングに向けた準備に時間を取りたかったためです。帰りは山口宇部空港から羽田へ。宇部空港、小さくてなにもないけどいつも空が綺麗だから好き。

 

5日目 中休み

 

さて、前半の記録はここまで。

 

ありとあらゆる乗り物で移動をしながら、私は身体というものについて考えを巡らせることになります。人は移動する能力を元々持っているけど(足がある)それより早く遠くへ行くための手段がいくつも開発されて、自分を取り巻く環境は身体本来の範囲よりグッと広がっていて、それでも我々はこの身体に入ったまま生きてゆくのです。このしがらみのような、奇跡のような、よくわからないものを持って生まれ、これなしでは命は成り立たず、しかしこれがあることで様々な制約を背負い、私はこれの寿命が尽きるまで何をして生きていくんだろうか?と、半分希望、半分面倒臭い、みたいな感情を抱え、旅は後半へと続きます。